法話

今月の法話今月の法話(平成29年12月)

(にち)(れん)がたましひ(魂)は()()(みょう)(ほう)(れん)()(きょう)にすぎたるはなし。(中略)あひかまへて()(しん)(じん)(いだ)()()(ほん)(ぞん)()(ねん)せしめ(たま)へ。(なに)(ごと)(じょう)(じゅ)せざるべき。

『経王殿御返事』文永十年(1273)。祖寿52歳。全:p1200 定:p750

(なに)(ごと)(じょう)(じゅ)せざるべき

知識で人の悩みを解決することはできません。理屈で割り切れないところに、人の悩みがあるからです。病気になるのは理由があります。けれど、病気になった理由がわかったからと言って、病気になっても仕方がないと諦め、生命を失うことにも甘んじる、というわけには行きません。悪運は前世からの因縁のしからしむるところであると覚ったとしても、それによって人生行路を安らかにすることはできません。理屈で割り切れない苦しみを解決する方法こそが、真の救いの道です。

知識はあるに越したことはありません。しかし、現に腹ペコな人に、食物の栄養価を語っても救いにはなりません。その人に必要なのは、食物を食べることです。それと同じで、現実の救いには理屈は役に立ちません。健康の悩みは健康を以てしなければ解決しませんし、物の悩みは物を以てしか解決しません。現に苦しんでいることを取り除くことが先決です。全てはそれからの後の話にするのが、正しい救いの順序です。

日蓮大聖人さまの仏法は、救いを先にして、理解を後にします。理屈抜きの救いをもたらすのは、神秘の霊験です。霊験とは奇跡です。奇跡は、通常の道理を超えた不思議です。ここに宗教の権威があり、ありがたさがあり、魅力があります。

「お題目を唱えてご本尊に祈りなさい。そうすれば如何なる願いも叶います」と日蓮大聖人さまは仰っています。お題目とは何か、ご本尊とは何か、何故に祈れば願いが叶うのか。それを理解したとしても、真剣に祈らなければ奇跡は現れません。知識がなく、理解がなくとも、真剣にお題目を唱えて祈れば、必ず奇跡は現れます。

日蓮大聖人さまは、末世の人を救うために、お題目を弘通せられました。救われた人の謙虚な気持ちと敬虔な感謝の中から人間の美徳の現れて来ることを、次の段階の歓びとせられました。そのことは祖文の随所に伺えます。世の中に悩みのない人は一人もいません。「日蓮がたましひ」たる、「何事か成就せざるべき」南無妙法蓮華経の信仰こそが、永遠に人類を安心立命せしめる道なのです。

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