法話

今月の法話今月の法話(平成29年5月)

日蓮にちれん日本にっぽん第一だいいちのふたう(不当)の法師ほっし。ただし法華経ほけきょうしんそうろうこと一閻いちえん浮提ぶだい第一だいいち聖人也しょうにんなり其名そのな十方じっぽう浄土じょうどにきこえぬ。さだめて天地てんちもしりぬらん。日蓮にちれん弟子でしとなのらせたまいばいかなる悪鬼あっきなりとも、よもしらぬよしはもうさじとおぼすべし。

『妙心尼御前御返事(第二書)』
建治元年(1275) 祖寿54歳作 全:p1270 定:2巻p1103

天地てんち

私たちは、天地自然の力によって作られています。空気を呼吸せずして一刻も生きることはできません。五穀、野菜、肉類、果実等を食せずして、生命を保つことはできません。この事実は、私たちが大自然より生命を承けている歴然たる証拠であるといえます。従って、私たちが、少なくとも肉体に関する限り、天地自然とともに生きていることも明らかです。

肉体なくして生命を語り、生命なくして精神を語ることはできません。であるならば、精神もまた、肉体と同様に、天地を通じ、自然に交わらなければ、その全き働きはできないはずです。天地自然は、常に公明正大です。彼に厚く、此に薄いということはありません。理の定めるところに従って、極めて厳正です。彼に厳にして此に寛なり、ということもありません。果たして人間の心はそうなっているでしょうか。

精神は内に隠れて表には見えません。故に、人は、偽って身を飾り、巧言を以って他者を欺くことができると思いがちなものです。しかし、天地を偽り、自然を欺くことはできません。己れにもし醜いものがあれば、それは心情の醜さであり、己れにもし美しいものがあるとすれば、それは天心の美しさです。私たちが常に美しくあることを願うとするならば、心の中の嘘偽りを拭い去ることに努めなければなりません。

天地のごとく公明正大に、白日のごとく朗然として生きるには、天地を貫く真理の中に身を置くに限ります。これを日蓮大聖人さまは「法華経を信じ候事」と仰いました。信じるとは全てを任せることです。自分勝手をせず、説の如く修行することです。そうすれば、自然に天地に通じ、鬼神を動かす力も現れます。この信念があってこそ、人は光り輝くのです。

人は、元より光り輝いています。それを暗くするのが、心のつたなさです。人は常に美しくあります。それを醜悪しゅうあくにするのが、心の拙さです。何を拙いというのでしょうか。利己を知って利他を顧みず、合理ではなく虚偽を以って処世とすることです。お題目の信仰に身を任せ、「日蓮が弟子」と名乗れるようになれば、自らの心の中に智慧の光明がともされ、心の暗黒が消し去られます。

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