今月の法話 令和4年の法話

今月の法話(令和4年2月)


釈迦佛(しゃかぶつ)本土(ほんど)(まこと)には娑婆世界也(しゃばせかいなり)

 

『下山御消息』建治3年6月。聖祖56歳。(1368頁)

釈迦佛(しゃかぶつ)本土(ほんど)


 「下山御消息」は、日蓮大聖人が、因幡房日永のために代筆され、甲斐国巨摩郡下山郷(現在の山梨県南巨摩郡身延町下山)の地頭・下山兵庫五郎光基に送られた弁明書です。大聖人の主要な御著作として、「十大部」の一つともされます。

下山光基は、熱心な念仏の信仰者で、邸宅の敷地内に堂宇を構え、阿弥陀如来を安置しました(平泉寺)。ここを任されたのが、光基の息子である日永だったのですが、日永は、最蓮房の教化を受け、日蓮大聖人に帰依して、弟子となります(日興聖人の弟子とする説もあり)。法華経を読誦するようになった日永は、光基の怒りを買って、寺を追い出されてしまいました。

 そこで、大聖人が、本書の筆を執られ、光基を説得されました。この書が契機となって、光基は法華に改宗し、大聖人に帰依し、自身も出家して法重房日芳の法号を賜ります。そして、平泉寺は、光基が開基、最蓮房を開山、日永を二世とすることとして、本国寺に改称されたと伝えられています(本国寺は、日蓮大聖人お手植えのお葉つき銀杏で知られます)。

さて、阿弥陀信仰を持つ光基にとっては、この世界である娑婆は穢土(えど)であり、厭離すべき世界の筈でした。しかし、「阿弥陀佛等の十方の諸佛」は、「各各国国を捨てて」、釈尊が法華経を説いておられる「霊山虚空会に詣で給」うたのであって、(まこと)には彼彼の経経の文の如く、十方西方への来迎はあるべからず。実とおもふことなかれ。釈迦佛の今説き給ふが如し」と、阿弥陀佛も法華経が真実であることを証明(しょうみょう)されたのである、と日永に成り代わった大聖人は記されます。

 そして、「我等と釈迦佛とは同じ程の佛也。釈迦佛は天月の如し、我等は水中の影月也。釈迦佛の本土は実には娑婆世界也」と。阿弥陀佛などの十方諸佛は釈尊と同体(同程)であり、釈尊が本体、諸佛はその分身(ふんじん)であって、釈尊が天の月であるとすれば、諸佛は水に写った月影のようなもの。釈尊こそ御本佛であり、その釈尊の本土=浄土は、この娑婆世界なのです。

 娑婆は梵語サハーの音訳語。元々は大地という意味ですが、佛典では「忍土」とも訳されます。この世界は「苦しみを耐え忍ぶ修行の場所」とされて来たわけですが、その忍土である娑婆こそ釈尊の本土、つまりは、この娑婆世界を尊ばずして何処に我々の生あらんや、と大聖人は仰っておられるのです。

 日永は「阿弥陀経を止めて一向に法華経の内、自我偈読誦し候」と記されています。「大火に焼かるると見る時も 我が此の土は安穏である」ところの、釈尊の娑婆世界の尊さを、大聖人は説かれたのです。

 苦難多き時こそ、釈尊の本土たる娑婆世界という、この教えに思いをいたし、私たちの娑婆世界を釈尊の本土たるに相応しい浄土にして参りたいものです。

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