
◆貧乏は嫌なものである。貧乏であり続けることを望む者はいないであろう。だから、儲け話に引っ掛かってしまう人も多い。欲に目が眩んだ、と言ってしまえばそれだけのことだけれども、無理もない面もあるのである。世の中の全ての人が金持ちになれたらどんなに良いだろうか。だが、そうは問屋が卸してくれないのである。
◆古来、成功する秘訣は運(え)・鈍(どん)・根(こん)であると言われている。運は自然に良い条件に恵まれること。鈍は焦らないこと。根は辛抱強いことである。成功して財をなした人の経験から割り出されたものであろうし、考えてみても良いところを突いているように思われる。
◆運・鈍・根の三つの中で、鈍と根とは、自分の心掛けで、何とかなるかもしれない。しかし、運は神様の手の中にあるものである。したがって、運を良くしたいと思うのであれば、神様に可愛がって頂けるようにならねばならない。
◆では、どうすれば、神様に可愛がって頂けるようになれるであろうか。日蓮大聖人の教えの通り、「強盛に信」ずる。これに盡きる。
◆信とは祈りである。朝に祈り夕べに祈り、祈りに明け祈りに暮れる。こうした生活を送れば、必ず運は開けて来るものである。
◆では何を祈るのか。息災延命、家運繁栄はもちろんであるが、自身や家族の幸福にとどまらず、立正安国を祈り、報恩感謝を祈りたいものである。流行歌の歌詞ではないが、他人の不幸を祈るのは厳禁である。
◆祈りは自力の上の他力である。鈍と根は、自力で努める。その上で、運を授けて頂くのである。鈍は、粘り強く屈せず弛まぬ真剣さを持つこと、根は社会が必要とする知識や技術を磨き、またそうした品物を作る努力である。
日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞