いよいよ強盛に天に申せしかば、頭の白き烏とび来りぬ。
『光日房御書』建治二年三月。聖祖五十五歳(一二七九頁)
頭の白き烏

俱生霊神によって顕れる「黙示現証(もくじげんしょう)」のことをご存じでしょうか。俗に言う「虫の知らせ」のようなものなのですが、実は、あれは、倶生霊神による御守護の現れ(現証)の一つなのです。
古代中国、五胡十六国の一つに燕(えん)という国がありました。燕の太子であった丹(通例、太子丹と呼ばれます)は、幼少期から、大国である秦に人質として囚われていました。帰国して、両親に会いたいと願った丹は、秦の始皇帝に懇願しました。もちろん、始皇帝はそれを許しません。しかし、丹がさらに泣き悲しんで請願したので、始皇帝は「それほどに言うのであれば、白い頭の烏、角が生えた馬を見せてみよ。そうしたら、汝を赦して帰国させてやろう」と丹に言いました。
頭の白いカラスがいるはずもなく、馬の頭にツノが生えるはずもありません。つまり、始皇帝は現実に起こり得ないことを言って、丹を釈放する気がないことを示したのです。これを聞いた丹は、歎き悲しみましたが、ひたすらに祈りを捧げました。すると、何と、実際に頭の白い烏が現れ、頭に角が生えた馬がやってきたのです。始皇帝は、これを奇異なこととして、丹の故郷燕への帰国を赦したのでした。
「烏頭白くして馬角を生ず」の成句、または「烏白馬角」という熟語(ありえない、辻褄が合わない、の意味で用います)の元となった逸話です。
日蓮大聖人は、佐渡にご流罪中、一日も早く鎌倉に戻って広布の日々に戻りたいと願われ、よりいっそう強盛に法華経の行者を守護すべきことを天に祈られていると、頭の白い烏が現れたのです。右の故事をご存じだった大聖人は「これは自分がもうすぐ赦免になる報せである」と察せられました。これが「黙示現証」です。
この後、文永十一年(一二七四年)三月八日に、二月十四日付の幕府の赦免状が日朗聖人の手によって佐渡の大聖人のもとへ届けられました。
別の御書には、「天台大師の云く『世人おもえらく、蜘蛛掛かれば則ち喜び来たり、鳱鵲鳴けば則ち行人至ると。小すら尚徴有り、大焉ぞ瑞無からん。近きを以て遠きを表す』等云々」と天台大師のお言葉を引用されて、物事が起こる時には必ず予兆があることを教示されておられます(『瑞相御書』)。
この予兆は必ずしも良いことばかりとは限りません。私たちが事前に備えをしたり、回避できるように、悪いことのお報せもあります。具体的に何が吉兆で何が凶兆かは、ここではお話ししきれませんが、俱生霊神符を着帯し、お題目を唱え祈りを捧げていると、この予兆に気付くことができるようになります。
これが倶生霊神黙示です。