
質問ちゃん
問 多宝如来とはどのような仏様ですか?
(神奈川県 40代 男性)
(神奈川県 40代 男性)

お答え上人
大曼陀羅ご本尊は、中央に南無妙法蓮華経のお題目が記され、その左側に南無釈迦牟尼仏、右側に南無多宝如来と書かれてあるのが通例です。お題目を宝塔と捉えて、「一塔両尊」と称します。
この大曼陀羅の儀相の由来となったのが、妙法蓮華経の見宝塔品第十一です。
突如として七つの宝に飾られた巨大な宝塔が地下より涌き出で空中に登ります。そして宝塔の中より「よくぞ釈迦牟尼仏、全ての人に平等で、大いなる智慧である妙法蓮華経を説かれた。釈迦牟尼仏の説かれた教えは全て真実である」と大音声が聞こえて来ます(多宝の証明(しょうみょう))。
その声の主こそ、多宝如来でした。お釈迦さまは遠い昔に宝浄国の仏であった多宝如来が、法華経が説かれるあらゆる処に自ら出現し、その教えが真実であることを証明する、という誓願を立てられていたことを説かれます。そして、多宝如来のお姿を拝見したいと懇願する弟子らの求めを受け、三度にわたって国土を浄化(三変土田(さんぺんどでん))した上で、十方世界から分身諸仏を参集せしめます。それから釈尊は、空中に住されて宝塔の扉を開かれます。多宝仏は、半座を釈迦仏に譲られ、釈迦仏は多宝仏と並んで座られます(二仏並坐(びょうざ))。
多宝仏は法身及び定を表し、釈尊は報身及び慧を表し、並坐は不二、一如を表すとされ、二仏並坐は法報不二、定慧一如を表すといわれています。
二仏並坐は、法華経曼荼羅図(説明図)、絵曼荼羅などの中に描かれています。大曼陀羅ご本尊の儀相は、これらを踏まえられたものと言われています。
法華経では、ここまでは、釈尊の説法は霊鷲山でなされていましたが、ここからは、説座が地上から空中(虚空)へと移ります。そのため、この集会を「虚空会」と言います。
虚空会において「本門」の教えが説かれるのであり、法華経の真髄が明らかになるのです。
この大曼陀羅の儀相の由来となったのが、妙法蓮華経の見宝塔品第十一です。
突如として七つの宝に飾られた巨大な宝塔が地下より涌き出で空中に登ります。そして宝塔の中より「よくぞ釈迦牟尼仏、全ての人に平等で、大いなる智慧である妙法蓮華経を説かれた。釈迦牟尼仏の説かれた教えは全て真実である」と大音声が聞こえて来ます(多宝の証明(しょうみょう))。
その声の主こそ、多宝如来でした。お釈迦さまは遠い昔に宝浄国の仏であった多宝如来が、法華経が説かれるあらゆる処に自ら出現し、その教えが真実であることを証明する、という誓願を立てられていたことを説かれます。そして、多宝如来のお姿を拝見したいと懇願する弟子らの求めを受け、三度にわたって国土を浄化(三変土田(さんぺんどでん))した上で、十方世界から分身諸仏を参集せしめます。それから釈尊は、空中に住されて宝塔の扉を開かれます。多宝仏は、半座を釈迦仏に譲られ、釈迦仏は多宝仏と並んで座られます(二仏並坐(びょうざ))。
多宝仏は法身及び定を表し、釈尊は報身及び慧を表し、並坐は不二、一如を表すとされ、二仏並坐は法報不二、定慧一如を表すといわれています。
二仏並坐は、法華経曼荼羅図(説明図)、絵曼荼羅などの中に描かれています。大曼陀羅ご本尊の儀相は、これらを踏まえられたものと言われています。
法華経では、ここまでは、釈尊の説法は霊鷲山でなされていましたが、ここからは、説座が地上から空中(虚空)へと移ります。そのため、この集会を「虚空会」と言います。
虚空会において「本門」の教えが説かれるのであり、法華経の真髄が明らかになるのです。
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