首導月訓 令和2年の月訓

年頭所感(令和2年1月)

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令和2年 謹賀新年
正しき信心により明日への希望のある年に

日蓮宗霊断師会相伝宗主
日蓮宗聖徒団首導
本山大野山本遠寺貫首

髙佐日瑞

明けましておめでとうございます。
令和2年の年頭に際し、全国の聖徒各位、ならびに霊断師各聖の、本年のご多幸と、各聖徒団のますますの隆昌を心よりお祈り申し上げます。

さて、昨年の「今年の漢字」は「令」となった由。二百年ぶりのご譲位に伴う践祚(せんそ)により「令和」と改元されたのですから、新年号に因む字が選ばれたのは当然のこととも申せましょう。

また、消費税増税の法「令」改正、芸能人の薬物使用などでの法「令」遵守が重視されたこと、自然災害で警報や避難勧告の発「令」が相次いだことが選定理由として挙げられていたと聞きます。

それぞれの受け止め方があろうかと思いますが、私自身は、8月の九州北部豪雨、9月の台風15号、10月の19号などの天災が特に気に掛かった年となりました。
被災された皆様に改めてお見舞い申し上げます。

ご存じの通り、日蓮大聖人さまは、文応元年(1260)、鎌倉幕府に『立正安国論』を上奏されました。そこには
「近年より近日に至るまで、天変・地夭(ちよう)・飢饉・疫癘(えきれい)(あまね)く天下に満ち、広く地上に(はびこ)る。」
とあります。

日蓮大聖人さまが、正嘉の大地震を切っ掛けにして『立正安国論』に取り掛かられたことも皆さんご承知のところでありましょうか。
大聖人さまが、疑問とされたのは、ただ単に「何故、災害が続くのか」ではなく、

「仏閣甍(いらか)を連ね、経蔵(のき)を並べ、僧は竹葦(ちくい)のごとく、(りょ)稲麻(とうま)に似たり。」(『立正安国論』)
ほどに仏教が盛んであるにも拘わらず、災難が続いているのはどうしたワケであろうか、ということであったのです。

台風19号は、10月12日の夜、首都圏を襲いました。お会式のお逮夜(たいや)法要の中止あるいは縮小を余儀なくされた事例が多数ありました。上述のように、大聖人さまの仏教と災害との切っても切れない関係にあります。令和という新しい時代が始まった最初のお会式(えしき)の折り、観測史上最大級の台風が来襲し、各地に大きな被害が出たということに、大聖人さまからの大きな問い掛けが含まれているような気がしてなりません。

翌朝は、台風一過の青空が晴れ渡りました。法華経の行者は難に()うけれども、それを乗り越えた時にこそ「身のうき雲も晴れぬべし」(『身延山御書』)ということでありましょう。

「令和」の出典は、初めて我が国の古典である『万葉集』)の「梅花の歌 三十二首、并せて序」の「初春の()月にして、気淑く風()ぎ」によるもので、「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、…明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせること」(首相談話)を含意したものだそうです。
各位の一年が、正しいお題目のご信心によって、「令和」の年となることをご祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。

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