首導月訓 令和4年の月訓

首導月訓(令和4年3月)


◆安心立命は宗教の極意皆伝である。どんな宗教でも、その極意とするところは、人を安心立命(あんじんりつめい)せしめるにある。全ての宗教は、信仰によって心を安らかに保ち、どんなことにも心を乱されない安心立命を目指すのである。

◆この場合の安心は、生活上の心配事が一つ解決して、やれ一安心、といったものではない。人間一生の根本問題を根幹から解決して、ここに自身の全生命を託する、信念の決定(けつじょう)した境地を指すのである。

◆立命は、もともと、『論語』の「三十にして立つ、乃至、五十にして天命を知る」から来たことばである。一意専心、所信に向かって邁進する、正々堂々たる在り方を言う。

◆『論語』子罕(しかん)篇に「子曰く、智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は(おそ)れず」とある。この智仁勇を兼ね備えた人など、儒教の理想とする安心立命の人物像であろう。しかし、一般人がかくあるべしと思うには、少々理想が高いとも言える。

◆キリスト教の安心立命は、『新約聖書』「マタイ伝」の「山上の垂訓」に示されている。「明日のことを思い煩うなかれ。明日のことは明日思い煩え。一日の労苦は一日にて足れり。」これは、その日暮らしをせよ、というのではない。素直に神の懐に飛び込み、一切を神の思し召しに任せて、自らの愚かな智慧才覚に頼るなかれ、ということである。

◆では、日蓮門下の安心立命とは何か。勧持品の「我れ是れ世尊の使なり。衆に処するに(おそ)るる所なし」である。

◆自分は、全宇宙の本体佛の使いであって、その悲願を相続して生まれて来た者である。だから、どんな場合に処しても何も畏れるところはない、という信心である。

◆南無妙法蓮華経に徹すれば、必ずや私たちは安心立命に至ることができる。

日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞

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