紙上法話

飲酒の戒め

宗祖とお酒



皆さんはお酒の席での失敗談はありますか。

 あまり知られていないことですが、実は宗祖・日蓮大聖人さまは、お酒を口にしておられました。だからと言って、大聖人の場合はもちろん「酔うためのもの」ではありませんでした。

 鎌倉時代のお酒は濁り酒が主流でした。その濁り酒を桶の中へ入れてしばらく置くと、上の方が少し澄んで、濁ったものが下の方へ沈んでいきます。この澄んだ部分だけを取ったものを「清酒(すみざけ)」と呼び、これを竹筒に入れて人に送ったりしていました。

 晩年、大聖人が身延山にお入りになられてからは、冬の寒さは想像を絶するものでした。現代でも身延山は、冬場の平均気温はマイナス7~8℃です。750年前の鎌倉時代は暖房もストーブもコタツもありません。今よりもっと厳しい寒さだったことでしょう。そこで、信心の篤いご信者さまから「極寒の身延山で身体を大事にしていただくため」にご供養として、清酒が大聖人へ送られていました。そのことへのお礼のお手紙が現存しています。

 大聖人がお書きになったお礼状には「お送り下さった清酒を温めていただきました。すると火を焚いたように胸が熱くなり、お湯に浸かったように体が温まりました。いただいた品々のお気持ちに感激し、両目から涙があふれ出てきました」(上野殿母尼御前御返事)と、その時のご心境を述べられています。

 たびたびご供養として、大聖人の許へお酒が送られていたことが、複数のお手紙によって確認できますが、量としては一回にコップ半分ぐらいの量であったようです。今でいう滋養のようなものだったのでしょう。どれだけ身延の厳しい冬を乗り越えるのが大変だったか。命がけの越冬であったか、現代文明の恩恵を被っている私たちには推し量ることはできません。

 寒い身延のお山で暖を取るために、大聖人が感激の涙を流されながらお酒を口にされるお姿を想像したとき、私自身も涙を堪えることができませんでした。

 

衣裏繋珠(えりけいじゅ)の喩

  一方、法華経の中には、お酒に酔って寝てしまった男の例え話が出てきます。

 ある男が親友の家に遊びに行き、そこでお酒を振舞われます。男は調子に乗ってお酒を飲みすぎ、酔っ払ってそのまま寝てしまいました。親友は公用で出かけなければならず、寝てしまった男の服の裏にプレゼントとして「無価の宝珠」、いわゆる値段を付けられないような高価な宝の珠を縫い付けて出かけました。

 目が覚めた男は親友がいないので、宝の珠のことに気付かず、また諸国への旅に出かけました。お金も底をつき、着るものや食べるものにも困って来て、文字通りその日暮らしの貧困な生活をしていました。

 するとある日、男は親友にばったり再会します。親友は男のボロボロの姿を見てビックリしました。そして男にこう言いました。

 「お前はなんでそんな生活をしているんだ。私が昔、お前と酒を飲んだ時に、服の裏に高価な宝の珠を結び付けていたのに気付かなかったのか。その宝の珠をお金に変えれば、今の生活から抜け出せるんだぞ。まだあるはずだから確認してみろ」

 男はここで初めて「無価の宝珠」に気付きました。
この話に出てくる男とは、私たち自分自身のことであり、親友とは仏さまであると法華経には説かれています。そして親友(仏さま)が縫い付けた宝の珠こそ、私たちがいただける「三大秘法の南無妙法蓮華経」なのです。

 ここで誤解してはいけないのは、私たちが普段の生活の中で酒(アルコール)に酔っていることを咎められたのではないということです。煩悩や小さい自分の欲、自分勝手な望みを捨てきれない姿を「酒に酔って宝の珠に気付かない男」に喩えられているのです。

 盛運祈願会で拝読している懺悔文中に「われら無始よりこのかた、無明の酒に酔いて~」とあるのはこのことなのです。

 無明の酒に酔うことなく「三大秘法の南無妙法蓮華経」を忘れずに、信心として心に持ち続けたいものです。

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