今月の法話 令和元年の法話

今月の法話(令和元年11月)

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(たち)わたる()のうき(ぐも)(はれ)ぬべし

たえぬ御法(みのり)(わし)山風(やまかぜ)

 

『身延山御書』

建治元年8月。聖祖54歳。全:p778 定:2巻p1923

()のうき(ぐも)(はれ)ぬべし

日蓮大聖人さまの御詠で今に伝えられる和歌は、よく知られているのは、上のほか、平成二十三年二月にこの「今月の法話」でも御紹介した『持妙尼御前御返事』の二首、「ちりしはな(散花) をちしこのみ(落果実)も さきむすぶ などかは人の 返らざるらむ」「こぞ(去年)もうく(憂) ことしも(今年) つらき月日かな おもひはいつも はれぬものゆへ」(一三三〇~三一頁)、また、『三澤房御返事』の「おのづからよこしまに降る雨はあらじ風こそ夜の窻(まど)をうつらめ」(一一〇八頁)などですけれども、その道に通じている方によれば、凡俗が一読したのでは気付かないような形で五七五七七に詠み込まれているものもあり、十首以上になるそうです。

大聖人は、比叡山御遊学中、冷泉(藤原)為家に和歌を学ばれたと伝えられています。為家は、『小倉百人一首』の撰者として知られる藤原定家の三男で、藤原北家(ほっけ)御子左家(みこさけ)(=二条家)の嫡男として生まれました。為家の子の冷泉為相(ためすけ)から現在まで続く歌道家元である冷泉家は、皆さんも御存じのところでしょう。

さて、上の御詠は、日蓮宗の宗歌となっている歌で、日蓮宗の公式行事の際などにメロディを付けて歌われています。

一面に広がっている身延の浮き雲も、絶えることのない山風によって晴れ渡るであろうように、我が身の憂いの雲は、日本の霊鷲山であるこの山の永遠の妙法の風によって晴れるに違いない。一首の意味は、おおよそこのようになりましょう。

「身の」は、身延の、と、我が身の、が掛けてあるほか、「うき」は浮きと憂きの、「たえぬ」は絶えぬと妙なるの掛け詞になっているものと思われます。「鷲の山」は霊鷲山のことです。

法華経の提婆達多品第十二に「情存妙法故 身心無懈倦(情〔こころ〕に妙法を存ぜるが故に身心懈倦〔ものうきこと〕無し」とあり、『身延山御書』に引かれています(七七四頁)が、これに「伝へ聞く釈尊の住み給ひけん鷲峰を我が朝此の砌に移し置きぬ」(七七三頁)山である身延の情景、そして、「つくづくと浮身の有様を案ずるに、佛の法を求め給いしに異ならず」(同上)という御自身を重ねて詠まれたのでしょう(そう言えば「つくづくと…求め給いし」は五七五七七ですし、「伝へ聞く…」もほぼそうですね)。

明年の聖徒団全国結集身延大会は、第五十五回の記念大会となります。ともに登詣してお題目をお唱えし、身のうき雲を晴らしましょう。

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