今月の法話 令和2年の法話

今月の法話(令和2年9月)


佛法(ぶっぽう)眼前(がんぜん)なれども()なければ(あらわ)れず。(とき)いたらざればひろまらざる(こと)法爾(ほうに)道理也(どうりなり)

 

『新尼御前御返事』文永12年2月。聖祖54歳 全:P1250 定:巻1 P864

()なければ(あらわ)れず

 大曼陀羅御本尊は経典に根拠のないものであると批判する者がありました。

 日蓮大聖人さまは仰います。「紛うことなく経文に有るものである。教主釈尊が久遠の昔から心の奥底に秘められていたもので、法華経の本門で初めて説かれた。文殊菩薩や弥勒菩薩等が弘めたいと願ったけれども、上行菩薩を始めとする地涌の菩薩だけに譲り与えられ、末法の時代になるまで弘めてはならないと教示された」と。

 領家の大尼御前が、息子の嫁の新尼御前を通じて、大曼陀羅御本尊を授与して欲しいと言って来ました。安房国東条郷の領家(荘園領主)は、大聖人さまにとって「重恩の人」(同書)であり、「父母等に恩をかほらせたる人」(『清澄寺大衆中』)でした。大尼御前はその未亡人です。

 しかし、日蓮大聖人さまは、「大尼御前からの、御本尊を賜りたいとの申し出については、どうしたものかと思っている」と良い顔をされませんでした。「大尼御前の御本尊の御事、おほせつかはされておもひわずらひて候」。

 龍口法難、佐渡配流の後、門下の人びとには、退転する者が相次ぎました。大聖人さまが赦免され、身延に入山されると、大聖人さまの元を離れたことを悔いて、お題目の信仰に戻って来る者たちがありました。「かまくら(鎌倉)にも御勘気の時、千に九百九十九人は堕て候人人も、いまは世間やわらぎ(和)候かのゆへに、くゆる人人も候と申に候」。

 大尼御前も、「佐渡で顕された大曼陀羅御本尊を是非私にも授与してください」と願い出たようです。

 けれども、大聖人さまは、「領家(の大尼御前)はいつわりをろかにて、或る時は信じ、或る時はやぶる。不定なりしが日蓮が御勘気を蒙りし時、法華経をすて」た、と仰って、大尼御前には御本尊を授与されませんでした。

 「佛法は眼の前にあるけれども、それを受け取る機根(能力)がなければ顕れない。その法が弘まるべき時が来なければ弘まらない。このことは、当然そうなるべき道理なのである」というのが表掲の祖文の意味です。「機なければ」とは、直截には、大曼陀羅御本尊に「不審の人人」を指すお言葉なのですが、領家の大尼御前のことを含意されているようにも思われます。

 南無妙法蓮華経の救いは、常に、今、ここにあります。

 それに疑いを持つことは、「機なければ顕れず」に繋がってしまうことを、私たちは知らなければなりません。

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