今月の法話 令和4年の法話

今月の法話(令和4年6月)

 

(てん)加護(かご)なき(こと)(うたが)はざれ、現世(げんぜ)安穏(あんのん)ならざる(こと)(なげ)かざれ。

 

『開目鈔』文永9年2月。聖祖51歳(69頁)

(てん)加護(かご)なき(こと)(うたが)はざれ


文永八年(1271)の法難は、日蓮大聖人さまのみならず、日蓮教団にとって大きな危機となりました。

鎌倉幕府は、龍口で大聖人さまのお命を奪おうとして果たせないと、佐渡に流罪としただけではなく、教団自体の殲滅を図ったのです。多くのお弟子たちを逮捕、投獄し、多数の信徒に対し、所領を没収したり、制裁金を課したり、居住地から追放したり、様々な迫害を加えました。

たくさんの門下が、退転してしまいました。踏みとどまった者たちの中にも、神佛のご守護をいただける筈の法華経信仰をしていて、何故こんな目に遭うのか、と疑問を持つ者が少なくありませんでした。

「弟子等檀那等の中に、臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり」(『弁殿尼御前御書』)という状況であったと後に述懐されておられます。

そこで、法華経信仰に於ける受難の意義を明かし、難を受ける大聖人さまこそが「閻浮第一の法華経の行者」であり、末法の大導師であることを表わされたのが、「人開顕」の書と呼ばれる『開目鈔』でした。

 「我並びに我弟子諸難ありとも、疑ふ心なくわ自然に佛界にいたるべし。天の加護なき事を疑はざれ、現世の安穩ならざる事を歎かざれ。我弟子に朝夕教へしかども、疑ををこして皆すてけん。つたなき(拙)者のならひは、約束せし事をまことの時はわするゝなるべし。」

私(日蓮大聖人さま)と我が日蓮門下は、たとえさまざまな難を受けることがあっても、お題目を信じて疑う心がなければ、おのずから仏界に到達することができる。天の加護が現われないからといって疑いを持ってはならない。この世が安穏でないことを嘆いてはならない。我が弟子たちに、朝に夕に、このことを教えてきたけれども、疑いを起こして皆捨ててしまったのであろう。愚かな者は、約束したことを本当に大切な時に忘れてしまうのが、世の習いである。

「天の加護」は必ずやある。法華経信仰者は慥かに成仏する。この断固たる宣明こそ、法華経の行者たる大聖人さまの確信でした。

尚、この「天」は「倶生霊神」のことであることを、聖徒の皆さんには是非知っておいていただきたいと思います。お題目を決して疑わず、五字七字の信に徹することを、御本仏、日蓮大聖人さまと約束し、この信に徹するのです。その安心立命に、倶生霊神のご守護が現れること、疑いありません。

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