首導月訓 令和3年の月訓

首導月訓(令和3年12月)

◆「自業自得」と言う。自分の行いの結果は自分で受け取る、ということである。仏教の業の教えの基本はこれである。これは真理である。

◆しかし、自得するのは自業だけではない。業には自業と共業(ぐうごう)とがある。共業は、社会の業である。社会全体の業であるから、その結果は社会全体が受け取る。

◆すなわち、私たちが受け取る業の果報は、自業だけではなく共業のそれを含むということになる。言うなれば、広い世間の見知らぬの人の行いであっても、自分の所属する社会に発生する種々の行為の連帯責任までを私たち一人ひとりが負うのである。

◆割に合わないと思う人もあるかもしれない。しかし、考えてもみよ。私たちの生活は、全て先人の遺産の上に成り立っているのである。身の回りに、自分が作ったものなど一つもないではないか。冷蔵庫、自動車、法律、貨幣、学校、鉄道、新聞、米、服、家…。

◆もちろん、好ましからぬ共業の報もあるが、社会から受益だけを得て受害を拒む方法はないのであるから、私たち一人ひとりには、社会に対する共同の義務と連帯の責任のあることも否めないのである。社会全体では思いが及び難いのであれば、家族という小社会を考えてみれば、納得も行くであろう。

◆そうとなれば、自分の行為をより良きものにしようとすることはもちろんのこととして、家庭の幸福、延いては社会全体の福祉と安寧を心掛ける、立派な行為を為して行くことが、自業と共業に亘って、善き業報を結ぶ条件となって来ることは自明のことである。

◆良かれと思って為したことが必ずしも良い結果を招くとは限らないように、業の果報は人智の及ぶところではない。よって自身の狭い視野、浅い思慮を自覚して、お題目の教えに順って業を為し、その結業はご本仏の御手に任すべきである。さすれば、神秘の幕の内に行われる結業となって、仏意が示されるであろう。

日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞

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