首導月訓 令和3年の月訓

首導月訓(令和3年6月)

◆「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて(のり)を踰えず」

◆言うまでもなく、『論語』「為政第二」の一節である。この一文から、三十歳を而立、四十歳を不惑、五十歳を知命、六十歳を耳順と称することもご承知の通りである。

◆「安心立命」と言う。信仰者のあるべき境地を示すことばとして知られる。創祖行道院日煌聖人は「安心立命は宗教の極意皆伝である」と仰せられている。この立命は、而立と知命から来ていること、つまり安心立命は、元々は儒学の言葉であったことは、余り知られていないかもしれない。

◆人にはそれぞれ持って生まれた宿命がある。「本当の我」が仏であることは、全ての人に共通であり、その仏としての我を具現することが本分であり生き甲斐であるべきは、私たちの誰でもののことであるが、現実社会にはそれぞれの果たすべき役割がある。

◆天から与えられた自身の使命を悟り、人間一生の問題を根こそぎ解決して、ここに自己の全存在を託するという決定(けつじょう)した境地にあって、威武に屈せず、富貴に淫せず、いかなる迫害や誘惑をも退け、一意専心、己の信ずるところに順う生活をすることが、安心立命である。

◆実は、現存する日蓮大聖人の御遺文には「安心立命」の語はない。しかし、大聖人こそ安心立命のお方であったことを疑う人はないであろう。

◆我、その境地にあらんや、と自問する。聖人孔子でさえ、五十歳で知命であった。焦ることはない。

日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞

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