紙上法話

霊山浄土での再会 〜七十余年の年月を経て〜

孫娘に化粧の仕方を教わるお婆ちゃんの亡き夫への想い


「四十九日忌が終わったから、お婆ちゃんは、お爺ちゃんに会えますよね?」檀家のお婆さんの納骨を終えた後、20代くらいの女性のお孫さんから尋ねられました。

このお婆さんは、戦時中に結婚して、たった半年の新婚生活で、ご主人が出兵、お腹の子にも会えないまま、異国で戦死してしまいました。

 しかし、お婆さんは悲しんでいる間も無く、女手一つで息子さんを育て、家を守ってこられたのでした。

 普段のお婆さんは無口であまり外出する事もなく、家族との会話もほとんどありませんでした。しかし亡くなる3カ月前ぐらいにお孫さんを部屋に呼び、「お婆ちゃんに真っ赤な口紅を買って来ておくれ。そしてその口紅の塗り方を教えてくれる(かい)?」と言ったのだとか。

 「私は22歳でお見合いをし、結婚したんだよ。二人で山に登ったり、映画を観たり、あの頃の事は今でも鮮明に覚えているよ」「でも、○○ちゃんのお父さんを授かって直ぐに主人は戦争に行って、死んでしまったのよ」「とても悲しかったけど、主人が残してくれた家と子供を守るために、必死に働いたわ」「いつか私が死んで再び主人と会った時にほめてもらうために、ガンバったのよ」「でもね、あれから70数年たって、シワシワのお婆ちゃんになって、あっちの世界で気付いて貰えないかもしれないって不安になった」「あのころ2人で出かける時に真っ赤な口紅を塗って行くと、いつも“可愛いですね”って言ってくれたのを思い出したの」「もしかしたら口紅を塗って行けば気付いてくれるかもしれないでしょ」「だから今のうちに口紅を塗る練習がしたいって思ったんだよ」

 寡黙なお婆ちゃんから、そんな言葉が溢れて来るのを聞かされ、涙が止まらなくなったそうです。それから毎日お婆ちゃんの昔話を聞きながら口紅を塗る練習を手伝って、とても楽しい時間を過ごしたのだとか。

 再会は叶うのか?阿仏房と千日尼の物語


「だからお婆ちゃんは、あっちの世界で会えるのを本当に楽しみにしているんです」「絶対に会えますよね?」お孫さんは涙ながらに私に尋ね掛けたのでした。

 されば故阿佛房の聖霊は今いづくにかをはすらんと人は疑ふとも、法華経の明鏡をもつて其の影をうかべて候へば、霊鷲山の山の中に多宝佛の宝塔の内に東むきにをはすと日蓮は見まいらせて候。(中略)
さこそをぼすらめ、いそぎいそぎ法華経を粮料(ろうりょう)とたのみまいらせ給て、霊山浄土へまいらせ給てみまいらせさせ給べし。

 阿仏房と千日尼の夫婦は、日蓮大聖人さまの佐渡流罪の日々をお支えした檀越でした。もと北面の武士で、順徳上皇の菩提を念仏でお弔いしていた阿仏房は、弥陀の怨敵と大聖人さまのお命を狙いましたが、大聖人さまの護国の大忠に感服し、前非を悔いて妻とともに改宗入信したのでした。風雪の中を、里余の路を厭わず、大聖人さまに食を運んで給仕されたと伝えられます。

 弘安2年(1279)3月、91歳で亡くなった阿仏房を、大聖人さまは篤く悼んで回向され、未亡人となった千日尼に出されたお便りに前述の一節があります。
「阿仏房は霊鷲山にある多宝仏の宝塔の中で東向きの座にいて成仏している。あなたも法華経を食物であると思って信心に励むなら、必ずや霊山に往詣して、なき夫と再会することができるであろう」(趣意)。

 「きっと今頃は、お二人は70数年ぶりに再会して、改めて新婚生活の続きを始めてると思いますよ」「皆でそう祈りましょう」。私が申し上げると、お孫さんが「もしお婆ちゃんの事を忘れてたり、気が付かなかったら、今後お爺ちゃんには絶対にお線香を立ててあげないから」と。それを聞いた家族の方々は涙を流しながら、大笑いされていました。

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