紙上法話

縁ある人はみな「聖徒」

身延大会での忘れ物


令和4年5月17日・18日、「日蓮宗聖徒団第57回全国結集身延大会」に参加させて頂きました。大本堂内での法要もさることながら、幟旗が境内に立ち並ぶ様子は身延大会に参加される聖徒一人ひとりの尊い姿にも見え、大変感動を覚えました。

大会が円成し、帰り支度を整えて、門前町に下ってお土産を買おうとしました。いつものように肩から頭陀袋のようにぶら下げ、腰やお尻のあたりにある財布の入っているサコッシュを触ろうとするとその感触は無く、自らの姿をよくよく見ると、肩からぶら下げているはずのサコッシュそのものがありませんした。

「どこで落としたのだろうか」「いつごろまで持っていたのだろうか」面倒なことになったぞ、と思いながら、再び久遠寺境内へ戻りました。

自分が立ち寄った大本堂内や境内のベンチ、地下宝物館・トイレなどを再び見回りましたが、サコッシュはありませんでした。

サコッシュの中にはいつもスマートフォンと財布が入れてあるのですが、幸いにこの時はスマートフォンはズボンのポケットに入っていました。しかし、財布の中は現金だけでなく、運転免許証やクレジットカードが入っているので、無くしたとなると紛失届などいろいろと面倒な上、クレジットカードを使われるようなことになると大変なことになってしまいます。

思いあたる場所を一通り見回っても見つからないので、落とし物の届け出があるかどうか、久遠寺報恩閣総受付に問い合わせてみましたが届けられておりませんでした。また身延大会中であれば、落とし物が大会本部に届けられているかもしれないと思ったので、事務局がある清水房さまへ足を運び、事務局のお上人に忘れ物が届けられているかどうかを確認したのですが、やはり届けられておりませんでした。

「お忙しい所すみません。ご面倒をおかけました。失礼します。」とお声をかけましたら、事務局のお上人は「○○上人、大丈夫ですよ。絶対見つかりますから、大丈夫!」と笑顔で見送ってくれました。

行者は必ず不實なりとも、智慧はをろかなりとも、身は不淨なりとも、戒徳は備へずとも、南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給ふべし『祈禱鈔』

ふとその祖文が頭をよぎり、心の中でお題目を唱えながら再び久遠寺境内へ向かいました。念のためもう一度身に覚えのある場所を見回り、サコッシュのないことを確認してから、大本堂前にて一礼、小さくお題目を一唱して去りました。

駐在所で名乗る前に名を呼び掛けられ

そして紛失届を出すために、門前町の駐在所に向いました。駐在所の扉を開けるとお巡りさんがおられ、こちらから言葉を発する前に「○○さん??」と言います。

「もしかしてお財布が届いているんですか?」と聞くと、お巡りさんは「届いていますよ」と答えました。

拾得物受取の書面を記入しながら、お巡りさんから事情を聞き、お礼をしたいので届けてくださった方の連絡先を教えて欲しい、と尋ねたのですが、「境内に落ちていて届けられたけれど、拾い主の希望で素性は言えません。」とのこと。

聖徒団の方なら引率のお上人に届けるでしょうから拾得物が本部に届けられる可能性が高く、拾われて直接駐在所に届けられたということは一般の参拝客なのかもしれないと推察しました。

地涌の菩薩の集いである聖徒団、その聖徒が集う身延山。聖徒団が集ったその日に様々なご縁をもって集った人々も、誰もが「聖徒」なのだと感じさせられた次第でした。

一人ひとりが信仰生活に目覚め、一人ひとりがより良い振る舞いを重ねる所からより良い世の中が作られてまいります。

姿見えず名前の知らないお方でありますが、紙面を借りて厚く御礼申し上げます。

南無妙法蓮華経

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