今月の法話 令和2年の法話

今月の法話(令和2年6月)


大悪(だいあく)大善(だいぜん)(きた)るべき瑞相(ずいそう)なり。一閻浮提(いちえんぶだい)うちみだすならば、閻浮提内広令流布(えんぶだいのうちにひろくるふせしむ)はよも疑候(うたがいそうら)はじ。

 

『智慧亡国御書』建治元年。聖祖54歳。

大悪(だいあく)大善(だいぜん)(きた)るべき瑞相(ずいそう)なり。

東日本大震災の直後、石原慎太郎都知事(当時)が、「天罰」であると発言し、問題になったことがありました。

これに関連して、関東大震災の際に渋澤栄一や内村鑑三が天譴論を展開し、芥川龍之介や柳田国男がそれを批判したことなども掘り起こされ、災害と人間、自然と人為との関係、更には、「天」すなわち超越者を現代に於いてどのように捉えるべきか、一般言論界でも議論になりました。

仏教(学)界では、末木文美士東京大学名誉教授が、石原都知事の発言を肯定的に評価し、論争を巻き起こしました。そして、末木博士が、その議論の中で代表的な天罰論として言及したのが、他でもない日蓮大聖人さまの『立正安国論』でした。

地震が発生するメカニズムが解き明かされつつあり、ウイルスが発見されて感染症の仕組みが突き止められている現在、地震や疫病を宗教的な災難と見做すことには異論があるかもしれません。

しかし、新型コロナウイルス感染症が、国難であり、全世界の大悪であることは疑いのないところでしょう。

日蓮大聖人さまの災難論が「天罰論」に留まるものでないこと、むしろ、その先にこそ日蓮思想の真面目があることは余り触れられませんが、上の祖文は、そうした大聖人さまのお考えが記される代表的なものの一つです。

災難を瑞相(良いことの予兆)として捉えることには違和感を持つ向きもありましょうか。しかし、正嘉の大地震がなければ、『立正安国論』を以て国家諌暁される本化上行菩薩は応現されなかったかもしれません。

大悪が大善の瑞相となるというのは、何もせずにそうなるのではありません。正しい信仰があってこそ大悪が大善を生むのであり、大悪を大善の瑞相にするためにこそ、正しい信仰があるのです。悪病であればあるほど、最良の薬でなければ治せないのであり、お題目の信仰こそが、真の大良薬です。

新型コロナウイルス感染症は、世界の在り方を変えるだろうと言われています。感染症を封じ込めるためには統制国家が最適であるとする考え方が支持されつつあります。息の詰まるような相互監視社会が育とうとしています。人と人、地域と地域、国家と国家との紐帯を弱めようとする孤立主義が勢いを増そうとしています。これでは、大悪の後に更なる大々悪が来ることになりかねません。

他者のためになるように行動することがそのまま自己のためになること。新型感染症は、ある意味では解りやすく、このことを教えている筈です。

新型感染症を、総和の大理想実現への瑞相とするのは、私たちの信仰なのです。

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