首導月訓 令和2年の月訓

首導月訓(令和2年4月)

◆「好事魔多し」と言う。物事には「邪魔」がつきものである。相対性原理や弁証法は、宇宙の相克を科学的哲学的に説明したものであるが、これを宗教的に説明すると、神と悪魔ということになる。

◆生前、創祖がよく話されていたエピソードがある。青年の日のある日曜日、難解な哲学書を(ひもと)いていると、たまたま隣家の青年がバイオリンを弾くのが聞こえて来た。耳について邪魔になるので指で耳を塞ぎ、本を読み続けようとするが、やがて耳鳴りがして耐られなくなり、指を外すとまたバイオリンの音。また指で耳を塞ぎ……と幾度か繰り返し、結局、読書を続けることを断念せざるを得なくなってしまった。そして「これこそが悪魔の正体だ」と気付かれたというのである。

◆隣家の青年は創祖の読書を邪魔する為にバイオリンを弾いたのではない。自分の(たの)しみが目的だったのであるが、創祖が勉強しようとしていたから、それが邪魔になったのである。無風の時でも、自転車に乗って走れば、自然に風を受ける。人がもし一歩向上しようとすると、周囲の何でもないものが、皆な障碍になって来るのである。ここにこそ、人生の問題がある。

◆人生に魔があるのは、人間の力を(ふる)い起こさせるための佛の計らいである。鉄は鍛えられて利刀となり、麦は踏まれて強くなる。

◆聖賢とは、魔の試験に耐えた人であり、凡愚とは、受験の意欲すら起こせぬ者である。魔事が起こったとしても、ご本仏に聖賢と認められた証拠と思い、誇りを持って立ち向かうことである。

◆新型コロナウイルス感染症なる魔によって、聖徒団全国結集身延大会第55回記念大会を延期せざるを得なくなった。この魔を受けたことを、大いに喜ぼうではないか。

◆試練を乗り越えた向こうにこそ、日蓮信仰の真面目がある。魔を超克してこその成仏であり、総和だからである。
日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞

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