首導月訓 令和5年の月訓

首導月訓(令和5年10月)


◆釈尊の滅後二千年以降の時代を「末法」と言う。経典には、「闘諍堅固」とか「白法隠没」といった言葉で、その時代相が予言されている。

◆世相が悪化して正しい佛法が廃れるとされるのであるが、実は、これは、それまで正法とされていたものが駄目になることであって、真実の正法は、この時代にこそ興る。その真実の正法こそ、南無妙法蓮華経である。

◆南無妙法蓮華経を唱えることは難しくない。手段方法としては実に容易であるが、しかし、その功徳・ご利益は甚大である。あたかも一粒の良薬が起死回生の効力を発揮する如くである。

◆薬が何故効くのか。その理由が解らなくても、薬の効能に違いはない。その説明は、医者や学者に任せるのが一般である。

◆僅か七字の題目を唱えるだけで人生苦が解決される、と説かれても、尤もらしい論理を添えないと納得が行かないかもしれぬ。しかし、お題目は理屈ではない。如来秘密神通之力。秘密であるから、人智を超越している。

◆人智を超越した秘密に、無理やりに理屈を付けると、余計なものが混じり込んで来る。「南無妙法蓮華経に余事をまじへば由由しき僻事なり」(『上野殿御返事』)。

◆末法に入って廃れる正法とは、智慧によって成佛する教えである。末法に興る真実の正法は、信仰によって成佛する南無妙法蓮華経である。人智を超えたものを信ずるのであるから、理屈は要らない。神秘は、人間の知覚と判断の限界を超越したところから現れて来る。智慧で解るのは、その限界の内側のことだけである。故に、理屈では解決がつかない。

◆成佛とは、人生苦の解決である。理屈は解らずとも、南無妙法蓮華経を信唱し、人生の苦難から解放されれば、安心立命のよろこびの中に住することが出来る。結果として、智慧によって悟りを得た人と、何の変わりもない。日蓮佛教の偉大さは、ここにある。

日蓮宗聖徒団首導 髙佐日瑞

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